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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)10077号 判決

原告

米田昌雄

右訴訟代理人弁護士

池田俊

奥村正道

被告

日新食品株式会社

右代表者代表取締役

昼馬昭和二

右訴訟代理人弁護士

岸田功

武並公良

國久眞一

田嶋伸幸

中川元

右訴訟復代理人弁護士

尾崎博彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し金三九二〇万円及びこれに対する平成三年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の取締役を退任した上、被告に対し退職金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、昭和三八年二月二日に設立された各種食肉の販売、加工、管理等を目的とする株式会社である。

2  原告は、被告の設立と同時に常勤の専務取締役に就任し、昭和五一年三月には代表取締役社長に就任したが、平成三年一〇月三一日取締役を退任した。

二  主たる争点

被告の株主総会における商法二六九条の決議の有無

(原告の主張)

1 被告は、昭和四六年三月二九日に開催した取締役会において従業員の退職金規定と共に取締役の退職金規定を決議し、後者については同日ころ開催された株主総会において承認されたか、又は当時の全株主が同意した。

取締役の右退職金規定は、常勤取締役の退職金支給額が退職時の基本給月額に勤続年数に応じて定めた支給率を乗じた額を支給する旨を定めており、原告の退職時の基本給月額は七〇万円であり、その勤続年数二八年の支給率は五六と定められているので、その支給額は三九二〇万円となる。

よって、原告は被告に対し右退職金と退職後である平成三年一二月一日以降民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 仮に、1の主張が認められないとしても

被告は、平成三年一〇月三一日に開催された会議において原告に対して三六二二万五〇〇〇円の退職金を支払う旨を決議した。そして、当時の株主は、昼馬と株式会社東食の二名のみであり、右決議には両名が参加していたのであるから、右決議は株主総会決議、又は全員出席株主総会の決議に当たり、株主全員が同意したものというべきである。

なお、右決議では、被告の退職金を三六二二万五〇〇〇円とした上、粉飾決算とされている二〇七八万五九八五円を控除して支給額を一五四三万九〇一五円としたが、右粉飾決算は原告の不正行為を隠匿するために行ったものではなく、酒井商店による被告の工場占拠と時世による欠損により生じた赤字にすぎないのであるから、このような控除は不当である。

3 なお、原告の退任時、被告には約四三六〇万円の欠損が生じていたところ、被告は右欠損が原告の責任であるとして退職金の支払を拒否している。

(被告の主張)

1 被告の取締役会が原告主張の取締役の退職金規定を決議したことも、その株主総会でこれを承認したこともない。

2 被告の平成三年一〇月三一日の会議は、原告の退職金について善後策を協議するための会合に過ぎず、取締役会でも株主総会でもない上、右会議においては、原告と他の出席者との間で金額について一致せず、また、被告代表取締役昼馬に原告との間の退職金の交渉を一任する旨の決議がされたにすぎない。

また、仮に、昼馬が原告に提案した二案の限度で株主総会決議がされたものとみる余地があるとしても、原告の経営により平成三年一一月末において欠損五四八〇万円、不良売掛金債権約一二〇〇万円が生じ、約二〇〇〇万円の商品の水増し粉飾があり配当可能な利益がない状態にあったことが右決議後に判明したのであるから、右決議は、当時の株主である昼馬と株式会社東食が充分な判断資料を与えられないままにしたものであり、錯誤により無効である。

また、原告が、被告の代表取締役社長を長年勤め、設立以来常勤の取締役として被告の運営を実際上ひとりで行っていた経営責任を考えれば、原告に対して退職金を支払わないことは実質的にも不当とはいえない。

三  証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  原告が本件訴訟において請求する退職金は、原告の取締役在職中における職務執行の対価として退職の際に支給される金員であるところ、このような金員は、商法二六九条にいう「報酬」に当たると解すべきであるので、定款に定めがない限り、株主総会の決議をもってその額を定めることを要するものというべきである(最高裁昭和三八年(オ)第一二〇号同三九年一二月一一日第二小法廷判決・民集一八巻一〇号二一四三頁)。

二  原告は、まず、被告が、昭和四六年三月二九日に開催した取締役会において原告の主張する取締役退職金規定を決議し、同日ころ開催された株主総会においてこれが承認された旨を主張するので、まず、右株主総会決議の有無について判断する。

1  (書証略)には、このような取締役会の決議がされた旨の記載があり、原告本人尋問中には、右取締役会において退職金規定が決議された旨の供述部分がある。

2  しかし、(書証略)にも、原告の主張する株主総会の決議がされた旨の記載はなく、原告の本人尋問中にも、株主総会が招集されこのような決議がされた旨の供述がないこと、被告は、株主総会を開催した際にはその議事録を作成していたが(書証略)、右決議を記載した議事録が作成された形跡がないこと及び被告代表者尋問の結果に照らすと、1の各証拠のみをもって右株主総会決議がされたことを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三  原告は、右取締役退職金規定について全株主が同意した旨を主張するので、右同意の有無について判断する。

1  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、昭和四六年三月当時の被告の株主は、株式会社東食、原告、酒井、昼馬の四名であり、取締役は、原告、酒井、昼馬の三名と株式会社東食から派遣された非常勤取締役であり、常勤の取締役は、原告のみであったことが認められるところ、原告は、その本人尋問中で、昭和四六年三月二九日の右取締役会には、株式会社東食の大阪支店長鈴木、原告、昼馬、酒井らが出席して右取締役退職金規定を決議した旨を供述し、また、昼馬が平成三年一〇月三一日ころ東食株式会社に依頼して作成した(書証略)には、原告の主張する右取締役退職金規定に基づき算定した額から当時原告が申告した粉飾決算の額を控除する等して八八三万三四三一円又は一五四三万九〇一五円を退職金として支払う案が記載されている。

2  しかし、二2の各事実並びに、昼馬は、被告の設立以来の株主兼取締役であるが、右退職金規定が原告主張の取締役会で決議されたことを否認すること(被告代表者尋問)、被告が取締役会を開催した場合にはその議事録が作成されていたところ(書証略)、昼馬は、原告の退職金に関する交渉の際、原告に対し、右取締役会の議事録の提出を求めたが、原告は、当時常勤取締役に在職中であり、被告の関係文書を提出できる立場にあったのに、右議事録を提出せず、また、昼馬が原告から引き継ぎを受けた被告の文書中にも右議事録が存在せず(被告代表者尋問)、結局、右議事録が作成されたことを認めるに足りる証拠がないこと、原告の主張する右退職金規定は、常勤取締役に対してのみ会社の業績に関係なく在職年数に応じて退職金を支給する旨を定めており、常勤取締役である原告に特に有利な内容であったこと、各株主が右退職金規定を承認した旨の文書を作成した形跡もないこと、及び被告代表者尋問の結果を総合すれば、原告の1の供述のみから、原告の主張する株主全員の同意があったことを認定するには不十分である。

また、(書証略)は、後記のとおり、被告が、話し合いにより円満に解決することを前提として、原告との間の交渉の過程で行った提案が記載されたメモであり、原告が右退職金規定に基づいて算定した額より低い退職金額を提案する被告側の案を説明するため、原告の主張する算定方法によって算定した額から被告の主張する控除すべき額を減額して退職金額を定めるという算定方法を記載したものにすぎず、その記載から直ちに株式会社東食が被告の株主として従前から原告主張の右退職金規定を承認していたと認めるには不十分であり、他に株主全員が原告主張の右退職金規定を承認したことを認めるに足りる証拠はない。

四  原告は、被告が、平成三年一〇月三一日に開催した会議において、原告に対して三六二二万五〇〇〇円の退職金を支払う旨を決議したところ、右会議には、被告の株主全員が出席していたので、その決議は株主総会又は全員出席株主総会の決議に当たるし、また、株主全員が同意したといえる旨を主張する。

1  (書証略)、原告本人(ただし、後記の認定に反する部分を除く)及び被告代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、平成二年末ころから、被告の代表取締役昼馬に対し、退職の意向を示し、同人に対し、前記の退職金規定に基づいて算定した退職金三六二二万五〇〇〇円の支給を要求して交渉したが、合意には至らなかった。

(二) 昼馬は、平成三年一〇月三一日、その経営する株式会社ヒルマの事務室において、原告の退職金問題について話し合うため、会議を招集し、この会議には、昼馬、株式会社東食の部長である小林、同社の部長であり被告の取締役でもある坂本、株式会社ヒルマの部長であり被告の取締役でもある福本、株式会社ヒルマの部長である伊藤、被告の監査役五百木が出席し、その後、原告もこれに加わって昼馬の司会で進められた。

この会議において、昼馬は、原告を除く他の出席者の同意を得た上、原告に対し、原告の主張する右退職金規定に基づき算定した額から当時原告が申告した粉飾決算の額を控除して八八三万三四三一円又は一五四三万九〇一五円を退職金として支払う案を提案したが、原告がこれを拒否して、話し合いは決裂したため、原告を除く他の出席者から、原告との間の交渉を継続することについて了解を得た。

なお、被告の平成三年一〇月当時の株主は、昼馬と株式会社東食の二名であった。

(三) 昼馬は、右会議の結果を受けて、同年一一月数回にわたり、原告と退職金額を交渉したが、結局、合意には至らなかった。

(四) その後、平成三年一一月末において被告の欠損が少なくとも約四三六〇万円あるほか、不良売掛金債権が約一二〇〇万円あることが判明し、被告の株主は、被告の経営が相当悪化していること及び原告の経営責任を考慮して、原告に対し退職金を支給しない方針を確定した。

2  以上の経緯及び被告代表者尋問の結果に照らせば、平成三年一〇月三一日の会議は、被告と原告との間の交渉について、被告が提案すべき二通りの案を決めた上、会議後原告と交渉を継続する権限を昼馬に与える旨が決定されたものというべきであって、右会議において原告に対して支給すべき退職金の額を確定的に決定したものとは認められない。

3  もっとも、(書証略)には、前記のように、被告が原告に対して退職金として八八三万三四三一円又は一五四三万九〇一五円を支払う案が記載され、また、原告本人尋問中には、右会議において原告主張の額の退職金額を支払う旨の決議がされたかのような供述部分がある。

しかし、前記のように、(書証略)に記載されていたのは、話し合いにより円満に解決することを前提とする案であって、原告との話し合いの成否にかかわらずその金額を支払うという趣旨のものとは認められないこと、(書証略)には、二案が並列して記載され、確定案が記載されているものとも認められないこと、原告は、右二案をいずれも拒否し、右会議後も原、被告間で交渉が継続されたが、結局、交渉は妥結しなかったこと、及び1認定の経緯に照らせば、(書証略)をもって、右会議において原告に対して支給すべき退職金の額が確定的に決定されたものと認定するには不十分であり、また、原告の前記の供述も採用することができない。

4  したがって、右会議において、原告主張の退職金を支給する決議があったとはいえず、また、その決議により株主全員が原告に対して原告主張の退職金を支給することに同意したとはいえないことが明らかであるので、右会議が株主総会といえるか否かを判断するまでもなく、原告の右主張は採用できない。

5  のみならず、右会議は、株主総会としての招集手続がされていないのであるから、その決議が当然に株主総会の決議としての効力を有するものでないことは明らかである。

もっとも、招集手続を欠く株主総会であっても、株主全員が株主総会の開催に同意しこれに出席して右決議をした場合には、その決議が有効に成立するものと解すべきである(最高裁昭和五八年(オ)第一五六七号同六〇年一二月二〇日第二小法廷判決・民集三九巻八号一八六九頁)。しかし、原告自身、本件口頭弁論期日において当初右会議が取締役会であると主張し、その本人尋問においても、右会議が株主総会であるのか、取締役会であるのかはっきりしない旨を供述するなど、出席者が右会議を株主総会であると認識して出席したものであるとは認められないこと、被告は、株主総会を開催した場合には議事録を作成していたのに(書証略)、右会議については議事録を作成していないこと、右会議では、出席者の中で株主として議決権を有する者とそれ以外の者とを区別することなく議事が進められ、出席者全員が株主であるか否かを区別されることなく会議の決定に参加しており、右会議が株主総会としてその議事が運営されたものとは認められないこと及び被告代表者尋問の結果に照らせば、右会議は、被告会社の機関としての株主総会として開催されたものとは認められずその出席者は、右会議が株主総会であると認識し株主総会として開催されることに同意して出席したものとも認められないのであるから、仮に、その出席者の中に被告の株主全員が含まれていたと認められるとしても、その決議が株主総会の決議としての効力を有するものではないというべきである。

したがって、原告の主張は、この点からも採用することができない。

五  以上によれば、原告の退職金請求について、商法二六九条にいう株主総会決議がされたか又は全株主が同意したものとは認めるに足りず、同条にいう定款の定めがあることの主張立証もないのであるから、原告の本訴請求は理由がないものといわなければならない。

(裁判官 大竹たかし)

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